朝鮮総督府(ちょうせんそうとくふ、旧字体: 朝鮮總督府、朝: 조선총독부)は、1910年(明治43年)の韓国併合によって大日本帝国領となった朝鮮を統治するため、同年8月29日に設置された官庁である。韓国併合の8月29日の設置の勅令は、暫定的なもので朝鮮総督府、朝鮮総督の設置を定めるほかは、統監府及び所属官署、当分の間存続し、朝鮮総督の職務は統監が行使するとされた。その後9月30日に朝鮮総督府官制が制定(施行は10月1日)され本格的な機構が設置された。1905年(明治38年)に第二次日韓協約(日韓保護条約)を基に設置した韓国統監府を改組して作られたもの。初代韓国統監伊藤博文とする韓国統監府を前身とし、旧大韓帝国の政府組織を改組・統合したため朝鮮人職員を多く抱えていた。初代総督は寺内正毅。総督は現役または予備役の陸海軍大将が歴任した。1945年(昭和20年)、第二次世界大戦における日本の敗戦にともない、連合国の指示により業務を停止するため、政務総監遠藤柳作によって呂運亨らに独立に向けて朝鮮建国準備委員会の組織化の打診があるも、その後も総督府の行政は継続され、行政権限は北緯38度線以南の占領行政機関となったアメリカ軍政庁へ引き継がれた。総督府により皇民化教育、日本語の教育が進められた。庁舎は韓国統監府庁舎を引き続き使用していたが、1926年(大正15年)京畿道京城府(現在の大韓民国ソウル特別市)の景福宮敷地内に移転された。建物は1948年の韓国建国時から1996年に解体されるまで、国会議事堂、中央庁、国立中央博物館として使用された。
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